羽黒城

別名 梶原館  付近住所 愛知県犬山市羽黒屋敷 現在-
2011/8/29 碑・案内板アリ 日本城郭大系


梶原氏  羽黒城は、建仁元年(1201年)梶原景親(梶原景時の孫)によって築城されたといわれる。景親17代の末孫梶原茂助景義は、織田信長に仕え羽黒村三千石の領主となったが、天正10年(1582年)本能寺の変で信長に殉じ、梶原家は絶えた。
 天正12年(1584年)小牧山合戦の時、秀吉はこの城を修復させ、堀尾茂助(金助の父)や、母方の法秀院が梶原家の出生と伝えられる山内猪右衛門(一豊)等に守らせたが、焼けてのち廃城となった。
 現在地は、羽黒城の中核的な部分があったと考えられ、前方後円墳である羽黒城古墳の前方部を利用したものと推定される。なお、この古墳は古墳時代後期のものと思われる。

       


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